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「五感のすべてを使って作り上げる、留さんの天ぷらの香りにしびれました」
辻田浩之がいう留さんとは、「天風良 にい留」の主、新留修司その人である。
名古屋の人気店だったにい留を2023年10月、麻布台ヒルズに移した。
名古屋時代、何度か通っているが、
この日あらためて留さんが揚げる天ぷらの香りに魅了されたと辻田は告白する。
「天ぷらの香り」といっても油の香りではない。
新留は炒っていない太白ごま油を使っているので、ごまの香りはほぼ皆無。
では、いったいどんな香りがするというのか。
「素材そのものの香りがする」と辻田は笑みを浮かべる。
たとえばブロッコリーの天ぷらを齧った瞬間、ゆでたてのブロッコリーがはなつ、
瑞々しさと青臭さをふくんだ香りが鼻腔をつきぬけた。
素材の香りがする天ぷらがあることに蒙を啓かれた。
けれど、新留は素材の味を「活かす」とはいわなかった。
「引き出す」ともいわず、「呼び出す」と表現した。
素材の持ち味を呼び出すために天ぷら職人は何を考え、何をしているのか。
長年探求してきた天ぷらへの思いを語ってもらった。

「やさしい温度帯で揚げるので香りがたちます」

「サイマキの殻の素揚げです。そのまま召し上がってください」
小さい車海老、サイマキエビの殻を取り皿にならべた瞬間、海老特有の香ばしい香りがたちのぼり、四方に飛びちった。
「通常よりも低い、やさしい温度帯で素揚げにすることで香りがたち、やわらかい口あたりに揚がっています」

サイマキエビの殻の素揚げ

「どうしたら海老の香りをたたせることができるの?」
「何度も引っくりがえし、身がついていた部分をきちんと揚げきり、生ぐささを封じることで海老の香りを呼び出しています」
咀嚼中も海老の香りが、口のなかで何度もはじけた。
「味の余韻や素材の味のでかたが、これまで食べてきた天ぷらとはちがうと思います」
殻だけなのに、海老の存在を鮮烈に感じさせてくれる、香しい天ぷらだっだ。

サイマキエビの天ぷらは、口のなかでころもがとける食感を堪能させてくれる

「サイマキはレアに揚げています」

つづいてサイマキエビの身の天ぷらが〝1本〟おかれた。
「殻よりも若干高温で揚げています。最初のひと口はなにもつけず、口のなかで衣がとける感じを味わってください」
香りそのものは、殻の素揚げのほうが傑出していた。けれど、殻では表現できない、クリーミーで、ふくよかで、とろけるような食感があった。完全に火が通っていないような揚げ方だった。
「レアに揚げてあるので、芯がやわらかいと思います」

揚げ油の温度にも秘密がある

少し間隔をあけて〝もう1本〟サイマキエビを揚げた。
「先程とは揚げ方をかえています。表面的に熱を伝える揚げ方と、芯から熱がとおる揚げ方を使いわけています」
説明を聞き、1本ずつ揚げた理由がわかった。食べすすむうちにふつうの天ぷらとの揚げ方のちがいが「わかってくる」と新留はいうのだが、2本の揚げ方のちがいがわからなかった。

サツマイモの天ぷらを揚げる

「サツマイモは休ませながら何度も揚げます」

アオリイカ、銀杏につづき、サツマイモを揚げようとしていた。
「サツマイモはどこのがいいとかあるの?」
「11月は端境期なのでむずかしいです。これは茨城県で昨年とれたもので、生産農家が温度管理している倉庫で寝かせておいたものです」
衣をつけたサツマイモを揚げはじめた。
ところが、途中で取り上げバットにならべた。
「二度揚げするの?」
「いいえ、15回以上揚げます。10回をめどに揚げる回数をふやせばふやすほどおいしくなります」

サツマイモを揚げては引き上げる工程を2時間ほどつづけた

「なぜつづけて揚げないの?」
「揚げつづけるとホッコリしたサツマイモになりますが、甘い天ぷらにはなりません。休ませる時間が、サツマイモを甘くします」
休ませる時間が大切だというのだが、なぜ、休ませると甘くなるのか。
「休ませているときのサツマイモの温度は60度ぐらい。サツマイモにふくまれるでんぷん質が糖分にかわるのが60度ぐらい。サツマイモのでんぷん質を糖化させるために。揚げては休ませる工程を何度もくりかえします」

何度も揚げたサツマイモを半分に切ったものが取り皿におかれる

和菓子に昇華したサツマイモの天ぷら

揚げはじめてからほぼ2時間。
〆のご飯を食べ終えた頃、サツマイモの天ぷらが登場した。
「サツマイモの天ぷらをデザートとして召し上がっていただきます」
サツマイモは天ぷらではなく、〝きんつば〟に昇華していた。和菓子として味わってもらおうと、黒文字がそえられていた。
「ころも感はまったくないと思います。サツマイモをキャラメリゼしたようになっているはずです」

どこからどうみてもサツマイモのきんつば

サツマイモのでんぷん質が糖分にかわり、砂糖でコーティングしたような衣になるのだそうだ。
テクスチュアも味わいも甘さもほぼきんつば。
「揚げつづけるとねっとりとなりますが、この甘さにはなりません」
新留はきっぱりといいはなった。いつからこのように揚げるようになったか覚えていないが、積み重ねていくうちにこのスタイルになった。
「新しいことをやっていると断言できます」
「留さんの天ぷらにかける情熱は半端ない。繊細で、素晴らしい仕事をしていると思うわ」
新しい揚げ方を取り入れたのはサツマイモだけではない。
ニンジンにもスナップエンドウにも牡蠣や香箱蟹にも、新留は天ぷらに〝革命〟をおこした。

次回は、新しい揚げ方をきわめようとしているにい留の天ぷらをお伝えする。(敬称略)

(撮影/海保竜平、取材・文/中島茂信)
※にい留は撮影禁止。今回許可を得て、撮影させてもらった

【天風良 にい留】
東京都港区虎ノ門5-10-7 麻布台ヒルズ ガーデンプラザD 1F
03-6432-4755
営業/18:00〜 
定休日/土日祝日、完全予約制 【天風良 にい留】
東京都港区虎ノ門5-10-7 麻布台ヒルズ ガーデンプラザD 1F
03-6432-4755
営業/18:00〜 
定休日/土日祝日、完全予約制
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