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「ボクのお酢」と辻田浩之が自慢する酢がある。
ごぞんじのように、『やまつ辻田』は香辛料メーカーで、酢はつくっていない。
では、どこの酢が、辻田浩之にとっての「ボクのお酢」なのか。
日本三景のひとつ、天橋立がある京都・宮津。
この地で、明治26(1893)年に創業した『飯尾醸造』の富士酢が、
「ボクのお酢」だと辻田はいうのである。
富士酢。初代当主・飯尾長蔵が「酢の頂点をめざす」という思いをこめ、富士酢と命名した。
その富士酢が、なぜ「ボクのお酢」なのか。
飯尾醸造への思いを辻田が告白する。

飯尾醸造の蔵人に惚れたのがきっかけだった

「飯尾醸造と出会ったのは25年ほど前、『JR名古屋髙島屋』の味百選の会場でした」正式名「グルメのための味百選」には、全国の食品メーカーが数多く出店する。
そのなかにやまつ辻田と飯尾醸造の売場があった。

飯尾醸造の藤本直充(まさのぶ)。「ボクは藤本クンも好きやねん」(辻田)

奇しくも通路をはさみ、香辛料と酢を販売していた。
「飯尾醸造からは藤本クンが来ていました」
いろいろな話をするなかで気があったのか、「夜飲みに行こう」と藤本をさそった。

飯尾醸造の酒蔵。酢をつくるためにここで酒を醸している。
その酒づくりを担っているのが、杜氏の藤本

藤本直充(まさのぶ)。
飯尾醸造の現杜氏だが、辻田と出会った頃は入社したばかりの新人蔵人だった。
「藤本クンはまじめで、いい男でした」
男が男に惚れた藤本に「熱い思いで日本一の酢をつくっています。一度遊びに来てください」とさそわれた。
そのひと言がきっかけで、一度ならず何度も宮津へ足をはこぶことになった。

鮨割烹西入る(京都府宮津)のリカルド・コモリと妻の美穂


学者肌の四代目当主・飯尾毅に魅了された

やまつ辻田がある大阪から宮津までクルマで2時間半。
けっして近くはない。
4月中旬、午後2時か3時頃大阪をぬけだし、宮津へむかった。

ふたりがなぜリカルドの料理を食べにいったのか。このシリーズでお伝えする 鮨割烹『西入る』での、飯尾醸造の取材に合流するためだ。
店主リカルド・コモリの料理を、五代目当主・飯尾彰浩といっしょに食べたい。
その一心で、クルマをはしらせた。

飯尾醸造の四代目当主・飯尾毅。
見学希望者は、本社に隣接する酢の発酵蔵を案内してもらえる

飯尾醸造のどこに惹かれたのか。
辻田がはじめて飯尾醸造へ行ったとき、彰浩は都内でサラリーマンをしており、彰浩の父で、四代目当主・飯尾毅が蔵をまもっていた。
「お父さんが蔵を案内してくれたのですが、当主というよりも学者肌の方。朴訥とした喋り方に心をうたれたし、綿々とつづけてきた酢づくりの姿勢が好きになりました」

創業以来、丹後の米農家が棚田で育てた米で酢をつくってきたが、
昭和39年に無農薬栽培にシフト

無農薬で育てた米で酢をつくってきた

米酢は米からつくる。
飯尾醸造では、その米を代々地元の契約農家に、棚田で栽培してもらってきた。
ところが、三代目当主・飯尾輝之助が、無農薬栽培にきりかえた。
高度経済成長期のまっただ中の、昭和39(1964)年のことだ。

いまでこそ米を無農薬で育てる農家がふえているが、当時きわめて珍しかった。
輝之助は農家に頭をさげ、無農薬で栽培してもらった米で酢づくりをはじめた。

5月の田植えは飯尾醸造の蔵人だけでなく、大勢のボランティアも参加する

そして20年ほど前。
自分たちの手で米を棚田で、農薬を使わずに育てることにした。
棚田は見惚れるぐらい美しい。
けれど、米を栽培するとなると、棚田ほど厄介な田んぼはない。
狭すぎて農機を使えないからだ。
田植えも稲刈りも人力だけが頼りだ。

秋の稲刈りにも全国からボランティアがあつまってくる

無農薬での米づくりは、雑草との戦いでもある。
「米づくりにも酢づくりにも、信念をつらぬく。それが飯尾家の家訓。五代目の彰浩クンも飯尾家の家訓を継承しています。飯尾家のものづくりへの姿勢や人柄がとびきり好き」

(左から)純米富士酢と富士酢プレミアム

「富士酢はとびきりだと自慢したい」

無農薬米で丁寧に醸した富士酢は、おいしいだけでなく、身体にもいい、とびきりの酢だと辻田は信じ、愛用してきた。
だからこそ富士酢をやまつ辻田のお客に紹介してきた。
「ボク以上に、飯尾醸造を語ってきた人は絶対おらん。なぜなら『ボクのお酢』だから(笑)」

(左から)辻田が絶賛する紅芋酢と、はちみつ入り紅芋酢

辻田が大切にしてきた飯尾醸造の酢がもうひとつある。
無農薬で栽培した国産の紅芋でつくった紅芋酢だ。
身体によいとされるポリフェノールの一種、アントシアニンを豊富に含んでいる。

炭酸水でわった紅芋酢を、辻田は水がわりに飲んできた。
「病気になった友人や先輩には、紅芋酢をお見舞いに持っていったり、送ってきました」
紅芋酢のおかげで助かったとお礼をいってくれる人も少なくない。


「飯尾醸造のものづくりの姿勢も好きやねん」

飯尾醸造の宣伝マンを長年勝手につとめてきたのは、富士酢が身体にいいだけでなく、酢本来の香りとおいしさがあるから。
そしてもうひとつ。やまつ辻田の商品ではないからだ。
「飯尾醸造が好きやねん。飯尾醸造のものづくりの信念と情熱が素晴らしい。うちも飯尾醸造のような思いの会社にしたいと思っています」
                                                                         (敬称略)
(撮影/合田慎二、取材・文/中島茂信) 【飯尾醸造】
京都府宮津市小田宿野373
0772-25-0015
営業/9:00〜12:00、13:00〜17:00
定休日/土日祝日、特別な休業あり
お酢蔵を見学できます(要予約)
詳細はHPをご覧ください
https://www.iio-jozo.co.jp/
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